お知らせ
「農に哲学は必要か」宇根豊さんの講演会を開催しました

10月25日(日)宇根豊さんをお迎えし、講演会「農に哲学は必要か」を開催しました。
宇根さんは百姓であり、思想家でもあります。
今回のお話は、普段私たちが当たり前だと思っている「農業」や「農」のあり方を、もう一度立ち止まって考えるきっかけとなるものでした。
講演資料には、こんな問いが並んでいました。
「なぜ、日本では百姓も農地も減ってしまったのか?」
「米も野菜も果物も生きもの。そして食べものも『生産物』ではない」
「朱鷺や生物多様性よりも大切なものが、農政と農学には見えない?」
どれも、すぐに答えが出るような問いではありません。
特に印象に残ったのは、農業を工業のように捉え、技術や計画、生産性、効率ばかりを追い求めてきたのではないか、という問いかけです。
農は、単に作物を育て、収穫し、出荷することだけではない。
田んぼには稲だけでなく、さまざまな生きものが暮らしています。草が生え、虫が集まり、鳥が舞う。そうした自然の営みも含めて、農の世界が成り立っています
百姓は、作物だけでなく、生きものと一緒に仕事をしている。
そんな視点に立つと、これまで見えていなかった農の姿が見えてくるような気がしました。
また、宇根さんは「哲学」とは深く深く深く「問う」ことだとお話しされていました。
正しい答えを探すのではなく、足元から、自分の実感から、問い続けてみること。
効率や生産性だけで物事を判断するのではなく、そこにある暮らしや自然、人と人との関わりにも目を向けることが大切なのかもしれません。
私たちは、いつの間にか成果や結果を求めることに慣れすぎてしまっているのではないでしょうか。
仕事も暮らしも、目に見える成果だけが価値ではないはずです。そこに費やした時間や経験、誰かと過ごした時間、自然と向き合う時間。そんな一つひとつにも、大切な価値があるのだと思います。


そして、この日もう一つ嬉しかったこと。
同日開催された「にいがたオーガニックフェスタin佐渡」も大盛況でした。
食や農、自然環境について関心を持つ人たちが集まり、佐渡の豊かな恵みや、つくり手の思いに触れる一日となりました。
講演会とオーガニックフェスタ。
形は違っても、どちらも私たちの暮らしと農、そして自然とのつながりを考える機会になったのではないでしょうか。
農業を取り巻く環境が変化する今だからこそ、立ち止まって考えること、そして対話することが必要なのかもしれません。
「農に哲学は必要か。」
この問いに、すぐに答えを出すことはできません。
けれど、問い続けることそのものに意味がある。
今回の講演会が、佐渡の農や暮らしについて、それぞれが考えるきっかけになっていたら嬉しく思います。
ご参加いただいた皆さま、そして貴重なお話を届けてくださった宇根豊さん、本当にありがとうございました。
