佐渡の世界農業遺産について

ABOUT
田んぼで生物の調査

未来へつなげる佐渡の世界農業遺産

佐渡は植物境界線である北緯38度に位置する島です。
夏は本土よりも涼しく冬は暖かい恵まれた自然環境のため、
多種多様な植物や海生生物をみることができます。
1周は約280kmあり、面積は東京23区の1.4倍の本州最大の広い島に、
約5万人の人々が暮らしています。

そのような佐渡の1年を通して取り組む「生きものを育む農法」や、
先人から引き継がれている山間深くまで続く棚田、里山、農村文化など
佐渡の農業が世界的に重要な農業システムとして評価されました。

世界農業遺産(GIAHS:ジアス)とは

現在、国内のみならず、世界的にも経済性や効率性や効率性を重要した農業が推進されることで、地域固有の文化や自然、美しい風景、生物多様性の損失が危惧されています。しかしながら、地方や里山地域には、自然と共生する農業が時代の変化にも対応しながら維持されており、そこには豊かな生態系や自然・景観、さらには伝統的な農村文化が継承され、何より豊かな暮らしが営まれています。

世界農業遺産は、自然と共生する農林水産業が育む、豊かな生態系や、美しい景観、伝統文化・芸能などが残されている世界的にも重要な地域をFAO(国連食糧農業機関)が認定し、次の世代に継承していくことを目指しています。

※GIAHS:ジアスはGlobally Important Agricultural Heritage Systemsの略です。

「生きている遺産」と「変わりゆく遺産」

世界的な遺産といえばユネスコの世界遺産が有名ですが、その意味合いは異なっています。

  • 佐渡の棚田
    世界農業遺産
    「トキと共生する佐渡の里山」など

    伝統的な農業システムを時代と環境変化に適応させながら維持、継続していく「生きている遺産」「知恵の遺産」と呼べるものです。

  • 富士山
    世界遺産
    「富士山ー信仰の対象と芸術の源泉」など

    遺跡、歴史的建造物、自然などを手つかずの状態で保存することをテーマとしています。

佐渡の誕生と歴史

佐渡の誕生から
佐渡金銀山の発展と
農地の開発

2000万年前、佐渡島は日本とともにユーラシア大陸から分かれて移動をはじめ、一度は深く日本海に沈み、その後300万年前から今の位置に浮き上がって存在することとなりました。その成り立ち、足跡を島内各地で見ることができます。更に同時期に始まった火山活動が大金銀鉱脈を生んだといわれています。

佐渡での稲作の始まりは、約2000年前からだとされ、佐渡中央部の湿地帯を中心に行われていました。17世紀に入ると相川金銀山が発見され、ゴールドラッシュとなったことから、全国各地から冨を求めた人々が佐渡をめざし、入口は爆発的に増加しました。急増した人口の食糧供給のため、新田開発が促され、海沿いや、海岸段丘の上から山間部深くまで耕す佐渡独特な棚田の風景を作り上げました。

佐渡金山

特徴的な土地利用・水利用の仕組み

佐渡島の中でも、二見半島、小木半島は、標高が低く、川も少ないことから水の確保が困難でした。更には二見半島では漁業と畑作、小木半島では廻船業が栄えていたことから、稲作は発展してきませんでした。しかし、社会の情勢が変わったことで、水田開発とそれに伴う水源確保が必要となりました。

このことから、それぞれの土地の特徴を活かし、二見半島では多くのため池を作って水を溜め、小木半島の宿根木集落では、横井戸を堀り水源を確保し水田開発を進めました。

※横井戸:断層の割れ目などから湧き出る地下水を求め、横に掘った井戸。

受継がれる農文化

能と鬼太鼓

佐渡の能は、能が武士階級のものと言われていた江戸時代にあっても農民や商人などの庶民が支えてきました。村々に残る能舞台の多さからも能が地域に根付いていることがうかがえます。現存する35棟の独立した能舞台のうち8棟が県指定有形民俗文化財に、3棟が市指定有形文化財、6棟が市指定有形民俗文化財に指定されています。今でもいつかの能舞台で演能が行われていますが、多くの演じ手はそれを職業として行っているのではなく農業や家業のかたわら芸を磨き、披露しています。佐渡の人と風土が育ててきた芸能と言えるでしょう。

集落の祭りなどで演じられる鬼太鼓も、魔を払ったり、五穀豊穣・家内安全を祈願したりと大切な役割を担うとともに、集落の人たちの楽しみとなっています。

佐渡では、今を息づく芸能として能や鬼太鼓が継承されています。

田んぼに立つ鬼太鼓の鬼

佐渡市認証米「朱鷺と暮らす郷」

佐渡市認証米「朱鷺と暮らす郷」
ご飯

佐渡金銀山の発展がきっかけとなり、人の手によって形成された佐渡の美しい里山に、国内の野生トキは最後まで生き続けました。しかし、乱獲や、効率性を重視した農業の普及に伴う餌場の減少で、国内の野生トキは姿を消してしまいます。

2008年、トキの野生復帰(放鳥)が、佐渡で行われる予定となりました。野生復帰には、水田をはじめとする水辺環境をトキの餌場として整備する取り組みが不可欠となります。そこで、放鳥に先立ち、失われた生息環境を取り戻すための環境整備と、佐渡産米の高付加価値化の両立を目指して「朱鷺と暮らす郷づくり認証制度」が立ち上げられました。

この認証制度を、農業者、行政、JAなど関係者が一体となり進めました。佐渡でお米を作る人たちと、佐渡のお米を買ってくれる人たちの取組があって、今では400羽以上のトキが佐渡の里山に暮らしています。

佐渡Kids 生きもの調査隊

次世代への継承 佐渡Kids 生きもの調査隊

佐渡の子どもたちはお米づくりや生きもの調査、他地域の子どもたちとの交流などを通して、田んぼで育まれる自然の恵みについて学んでいます。

関連サイト

豊かな農林水産物

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農林水産物イメージ03

世界に誇れる佐渡の里山では、多様な生きものを育むとともに、多種多様な農林産物が生産されています。また、沖合いでぶつかり合う暖流と寒流の影響を受けた里海でも多様な水産物に恵まれています。

また、佐渡には、この豊かな食材を活用した昔ながらの「季節の味」、そして先人が残してくれた知恵があります。「その季節に採れるもので作れるものを」これこそが佐渡に伝わる食文化の根底であり、その昔の味を今へ、そして未来へ継承する取組みが進められています。